●自己啓発書やビジネス書とは何なのか
就職活動の時期が近づくと、自己啓発書やビジネス書と呼ばれるものに手を伸ばし始めるかもしれない。就職活動に役立つとされる、就活対策や資格対策のための本は、これらのジャンルとなだらかにつながっているからだ。自己啓発書とビジネス書には厳密な定義やジャンル分けはないが、「ビジネス書大賞」(ディスカヴァー·トゥエンティワン主催)や「読者が選ぶビジネス書グランプリ」(グロービス経営大学院/株式会社フライヤー主催)などに並んでいる本を見れば、なんとなく傾向はつかめてくる。
『両利きの経営』『LIFE SHIFT』『サピエンス全史』『ストーリーとしての経営戦略』など、現在でも読まれるような著作もあれば、岩崎夏海の『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』や、佐久間宣行の『ずるい仕事術』のような軽くて読みやすい本もあるし、今となっては書名に見覚えのないものまである。
●自己啓発書を研究している人たちもいる!
自己啓発書やビジネス書の中には、「エビデンスがある」と謡いながら、統計や実験についての理解が甘く、非常に単純な教訓を導き出すような本が多く、山師的な人が著者であることもある。しかし、自己啓発も1つの文化であり、研究に値するジャンルだ。こうした出版状況を概観する上で役に立つのは、社会学者の牧野智和さんの研究。牧野さんは、日本の自己啓発書研究の第一人者で、『自己啓発の時代:「自己」の文化社会学的探究』(勁草書房)などで、自己への関心の過熱や、「これさえやっておけば道が開ける」というタイプのロジックが、どのような社会構造から要請され、どういう帰結をもたらしているのかを社会学的に研究している。
それから、文筆家の木澤佐登志さんが『失われた未来を求めて』(大和書房)の中で、職場でのメンタルヘルス対策と自己啓発書について論じているのも見逃せない。木澤さんは、自己啓発にあるのは「身も蓋もなく言えば、『強く願えば自分/世界は変わる』もしくは『自分が変われば世界も変わる』という考え方」だと指摘する。ナポレオン·ヒルの『思考は現実化する』や、デール·カーネギーの『人を動かす』『道は開ける』などはもちろん、メンタリストや経営者がYouTubeが語る知見は、ほとんどこの論理だ。
●自己責任論に転びやすく、トレンドに左右されやすいジャンル
この論理は、「状況が変わらないなら自分が悪い」という自己責任論と結びつき、社会や環境の中にある悪しき原因を放置するお墨付きを与えることになりがちだ。さらに、自己への関心が過熱する中で、自分の中に唯一で不変の何かが見つかるはずだという考えにも派生しており、「やりたいこと」「向いていること」が見つからない就活生たちを苦悩の渦に落としている。私自身、自己啓発書を擬態した本を書いていて、そうした論理を破壊しようと試みてきた。『スマホ時代の哲学』(ディスカヴァー·トゥエンティワン)や『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』(ちくまプリマー新書)がそうだ。
まともな書籍を出すためには、早くて1~2年、通常は2~3年かかる。だから、ビジネス書を数年単位で眺めていると、数年単位でトレンドが入れ替わるのがわかる。ある時期はAI、ある時期はDX、ある時期は無形資産などと、書名や帯のキーワードが変わっていく。重要なのは、そうした些末なトレンドに踊らされず、時代を超えて残る知見にふれることだ。ビジネス書や自己啓発書を読むときにも、1ヶ月後には忘れている本ではなく、予想もしないような学びのある普遍的な学びのある本を手に取るよう勧めたい。
References
牧野智和 (2012). 自己啓発の時代:「自己」の文化社会学的探究. 勁草書房.
牧野智和 (2015). 日常に侵入する自己啓発:生き方·手帳術·片づけ. 勁草書房.
牧野智和 (2022). 創造性をデザインする:建築空間の社会学. 勁草書房.
井上義和·牧野智和編著 (2021). ファシリテーションとは何か:コミュニケーション幻想を超えて. ナカニシヤ出版.
木澤佐登志 (2022). 失われた未来を求めて. 大和書房.
谷川嘉浩 (2022). スマホ時代の哲学:失われた孤独をめぐる冒険. ディスカヴァー·トゥエンティワン.
谷川嘉浩 (2024). 人生のレールを外れる衝動のみつけかた. ちくまプリマー新書.
〈この記事を書いた人〉
谷川嘉浩
京都市立芸術大学美術学部デザイン科講師。著書に、『スマホ時代の哲学:失われた孤独をめぐる冒険』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』(ちくまプリマー新書)、『信仰と想像力の哲学:ジョン・デューイとアメリカ哲学の系譜』(勁草書房)など。大学院に行くつもりも、哲学者になるつもりもなかったが、気づけば研究者の道を歩いていた。