●「出合い」が紡ぐ「出会い」
近年、若者の読書離れが俎上に載せられていることは、みなさんご存知のことでしょう。実際に大学生を対象にした調査でも、2人に1人が一日の読書時間について「0分」と回答しています (全国大学生活協同組合連合会, 2024)。とは言いつつ自分も本が大好きというわけではなく、課題のために渋々読むこともざらにあります。しかし、折角の大学生活。本に限らずカルチャーにも触れて、心を豊かにしたり、会話の引き出しを増やしたりするのもいいでしょう。今回は僭越ながら、特に大学生に見てほしいオススメの映画を一本ご紹介します。
●『花束みたいな恋をした』
自分自身、以前は恋愛映画に魅力を感じることなんてありませんでした。いわゆる「キラキラ青春映画」には難病や親しい人の死が付き物でリアリティに欠け、お涙頂戴の考えが透けて見えてしまうからです。もちろんこうした作品の面白さは十分にありますが、個人的にはハマりませんでした。ところが、2021年に公開されて大ヒットした本作品では、誰かが病気になることもないし、人が死ぬこともない。大学生の時に出会った男女の半生が淡々と描かれるだけです。タイトル通り過去形で「恋をした」2人の歩みにはどこか現実味が感じられます。そして、この映画によって、私は映画への興味をもち始めることになりました。
●若者とサブカル
まず、本作で見逃せない要素はサブカル固有名詞の多さです。2人が恋愛関係となるのも趣味の共通点が多いことに端を発します。若者におけるサブカルへの精通は一種の義務となる場合もあります。自己紹介でまず趣味の話をしたり、友人に「このアニメまだ見てないの?」と言われたり。そんな若者文化を、作品の話題性やリアリティの付与をも成し遂げつつ描いているのはユースカルチャーへの解像度が非常に高く、また技巧的と言えるでしょう。
●「パズドラしかやる気しないの」
もうひとつ特記したいのは、就活生・社会人としての生き方です。詳しくは伏せますが、就活や大学卒業後の仕事との付き合い方が話の展開に関わる一因となります。夢を捨てずに働いていたはずの麦くん(菅田将暉さん)の「パズドラしかやる気しないの」という台詞は非常に印象的です。いつの間にか、かつての夢よりも安定した生活や社会的成功を求めている。この余りにプロトタイプすぎる生き方は、現代社会へのアイロニーとも感じられます。若者の読書離れは、ネット文化の流行だけが原因なのか。これから社会人となる大学生や現在進行形の社会人にとって、他人事とは思えない象徴的なシーンです。
他にも映画ならではの画で魅せるカットや小物の象徴的な使い方、台詞の言い回しから見る人物の描き方など語りたい要素は多くありますが、文字数の都合上、この辺りで切り上げることとします。一本の映画からでも現代社会や人間性について考えることができる。そんな見方も今後の人生のどこかで役立つのかもしれません。
References
土井裕泰(監督)/坂元裕二(脚本) (2021). 花束みたいな恋をした. https://hana-koi.jp/
佐々木敦・児玉美月 (2022). 反=恋愛映画論『花束みたいな恋をした』からホンサンスまで. Pヴァイン.
全国大学生活協同組合連合会 (2024). 第59回学生生活実態調査 概要報告. https://www.univcoop.or.jp/press/life/report.html (Accessed: 2024/8/9)
〈この記事を書いた人〉
青木海
大阪大学文学部人文学科比較文学専修。千葉県出身。『君たちはどう生きるか』(宮崎駿、2023)を見た時に、後ろのカップルが「よくわからんわ」と言っていたのを聞いて、自分もよくわかっていないのに「なるほどね」と呟いたことがある。