top of page

70)上機嫌な指導教員

●「そうだ、ご飯行こう」

学生の報告が良かったからなのか、それとも自分の研究がうまくいっているからなのか、どちらか分からないが、やたら上機嫌な指導教員が、皆をご飯に誘った。報告を担当していた学生は、とりあえず自分の報告がマズくはなかったことに安心し、ホッと胸をなでおろす。普段は聞けないような話を指導教員から聞く貴重な機会でもあり、テーブルを囲みながら、研究の話に華を咲かせる……学部であろうと大学院であろうと、はたまた文理どちらであろうと、こういう光景は大学では珍しくない。



●自分の機嫌は誰にとってもらう?

いかにも牧歌的で微笑ましい光景ではあるが、指導教員の機嫌一つで、学生の指導内容やコミュニケーションの在り方が変わってしまうことの危うさもある。大学の中で繰り広げられるハラスメントは枚挙に暇がないが、主に教育・研究の場における立場や権力を利用し、教育や研究において不利益を学生に与えることを「アカデミックハラスメント」と呼ぶ。あるいは、言葉や態度で巧妙に相手の心を傷つけることを「モラルハラスメント」と言い、いわゆる「機嫌の悪さ」で立場の弱い人を支配するのもこれに該当するだろう。大学教員といえど、一人の人間なので、虫の居所が悪い時もある。しかし、そうした所作の一つ一つを見て、学生たちは時に過剰に恐れ、萎縮してしまうことがある。人前に出て、人の人生を預かる仕事である以上、自分の機嫌くらいは自分でとらなければならない。これは学生たちにとっても同じである。自分がサークルや研究室で、「先輩」と呼ばれる立場になったとき、後輩を「機嫌」でコントロールしようとしていないだろうか?



●よりよい人との関係に向けて

ハラスメントで訴えられた時、「ハラスメントのつもりはなかったが……・」と述べる教員は少なくないようだ。文部科学省の委託事業、「『大学教育改革の実態把握及び分析に関する調査研究:大学におけるハラスメント対応の現状と課題に関する調査研究」は、このような声が実際の調査を通じて得られたと報告している。中には、年配の社会人院生がハラスメントの加害者となるケースもあるようだ。いずれにしても、「自分はそんなつもりはなかったのに」、相手を傷つけてしまうことがあるという事実を認識する他ないだろう。


指導教員が上機嫌でご飯に誘ってくれる。これはいい思い出になるだろう。そこで交わされる会話、何気ない話題。こういったものが人と人の関係を作る上でかけがえのないものであるのは、言うまでもない。だからこそ、目上の人の機嫌に一喜一憂するような関係は健全とは言い難い。相手の顔色をずっと窺う人間関係は、ハラスメントの温床である。このことは、学生を指導する責任にある教員はもちろんのこと、多くの場で「上の立場」に立つ学生たちも強く認識しておく必要がある。「そんなつもり」はなくても、相手を傷つけ、関係を損なうことは往々にしてあるのだから。



References



 

〈この記事を書いた人〉

杉谷和哉

岩手県立大学総合政策学部講師。著書に『政策にエビデンスは必要なのか』(ミネルヴァ書房)、『日本の政策はなぜ機能しないのか?』(光文社)。学生たちと一緒に回転寿司やファミレスに行くのが楽しい。

bottom of page